2009年4月4日土曜日
2009年4月1日水曜日
考えろ、さもなくば死ね

考えろ、さもなくば死ね
考えることを放棄した人間は、もはや人間とはいえないのではないのだろうか。それはただ単に誰かの手のひらの上で踊るパペットでしかない。考えることを放棄することは、僕にとっては、人間性を放棄し、何かの奴隷になることと同義である。たしかに考えずに、その場のノリで楽しむことだけを念頭に適当に行動すれば、それなりに楽しく、幸せな人生を送れるのかもしれない。でもそれは考えることを放棄して、誰かに踊らされた結果としてのご褒美と捉えることができると考える。自分の頭で考えて、周囲の意見だとか思想を鵜呑みにせずに、行動した結果がそれなら僕には否定する権利なんてない。ただし、それで環境のせいだとか、社会のせいだとか、責任転嫁している人間だとか、口先だけで行動が伴わないと腹立つ。環境は作れるわけだし、気に入る環境がないのならば、死ぬ気で作ってみればいいと思う。自分の居場所くらい、他人に作ってもらうことを期待しないで、1から自分で作れ。文句を言うならそれからいえ。そうでないなら自分以外のものにすべての責任を押し付けて、自分を正当化するなんてこと、恥ずかしくてできるわけがないんだ。
カメラピープル
2009年3月30日月曜日
はたちになりました

二十歳になった。これで成人になったわけで、数々の責任がのしかかってくることになる。でもそんなことは気にせずに精一杯前向きに楽しんでいこうと思う。人生一度きりしかないのだ。どうせなら楽しく、かつアグレッシブに生きていきたい。
唐突に死と時間の概念が身近に感じられるようになった。悟るってああいう感覚をいうのだろうか。今まで生きた時間の重さと、これから潜り抜けていく時間のスピードを感じて、その後に普遍的な死が待ち受けていることを実感を持って感じたのである。
一瞬の中に普遍的な瞬間がある。人のアクションの中にも普遍的な瞬間がある。その瞬間を捉えて、人の先や光景の先にある普遍的なものを僕は写真を通して表現していきたい。
2009年3月24日火曜日
2009年3月23日月曜日
打算によって無駄にあがくのはもうやめにしよう
2009年3月18日水曜日
彼の目線と僕の目線

一人一人によって、目線は全然違うから、同じものを見ているようでいて、まったく違うものを見ていることになる。僕の目線はまだまだ子供の目線で、よく言ってもまだ学生の目線だ。それはもちろん、いいことなのかもしれないけれど、たぶんこれから研究などをしていく上で必要なのは複数の目線を理解することなんだと思う。映画のプロデューサーにはなれないだろうけれど、常に何かを仕掛けていく仕掛け人になりたいと最近は願望がシフトしてきた。どちらにせよ、多面的にものを見て、いかに多くの別の目線を想像し、理解するかということがより大事になっていくと痛感している。
とりあえず、僕は年上の人と話すのが好きだ。考えが深かったり、経験に裏打ちされた言葉を聴くのがとても好きで、いい刺激になる。昨日も素敵な一日になったけれど、今日もそうなることを期待している。
2009年3月9日月曜日
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